TOKACHI STORY
しあわせ、
つながる。
FRESH CHEESE STUDIOを応援いただいている、
北広牧場さんの経営理念は「牛も人も幸せに」。
偶然にも私たちFRESH CHEESE STUDIOのスローガン
「できたて、しあわせ。」と同じ言葉。
そんな、「しあわせ」つながりの北広牧場さんにおじゃまして、
取締役の若杉真吾さんにいろいろお話をお聞きしました。
北広牧場のはじまり。
北広牧場(HOKKOH FARM)は、帯広空港から車で約1時間、十勝平野北西部の新得町にあります。雄大な山々に抱かれ、四季折々の風景と旬の食材が楽しめる自然豊かな地域です。「北広牧場は、北新得と広内の地区で牧場を経営していた4つの酪農家が、父の代のとき、1996年に統合して生まれた共同経営の牧場なんです」と話すのは、北広牧場の取締役である若杉真吾さん。北新得の「北」と広内の「広」で北広牧場。「きたひろ」ではなく「HOKKOH」と読ませることで、シンメトリーなロゴにするアイデアもユニークです。
牛が主役。人は名脇役。
そんな北広牧場では、牛たちの病気のもとになる病原菌が持ち込まれないように衛生管理が徹底されています。取材するにあたって、特に牛舎に近いところでは防護服を着用しました。「やはり牛たちの健康が第一なので、『カウファースト』の心を大切にしています。これは社員から出てきた考え方ですが、牛主導というか、牛に対してできる限りストレスを与えずに、気温や湿度管理はもちろん、ベッドは硬くなっていないか、爪が伸びすぎて病気になっていないかなど、いつも牛を気にかけて、働く人が牛の気持ちになって行動するということを意味しています」と若杉さんは言います。
北広牧場は、北海道の酪農家として初めて、ISO22000というHACCPの食品衛生管理手法を採用した食品安全マネジメントシステムに関する国際規格を取得。これにより、牛の健康管理の徹底とともに、作業を標準化することで働きやすくなり、社員のみなさんの意識も変わったそうです。
いい牧草を食べさせたい。
北広牧場ですぐ目に入るのは、巨大なタイヤに覆われた牧草の発酵エリア。ここでは収穫した牧草を時間をかけて乳酸発酵させています。もっとも栄養価の高い一番牧草、少し雑味がある二番牧草、そして牛の好みの味になる三番牧草に分かれています。また飼料用とうもろこし(デントコーン)も自家製でつくられているとのこと。これらにミネラルやビタミンなどの飼料を混ぜ、TMR(Total Mixed Ration:完全混合飼料)として、乳牛の養分要求量に合う栄養価の高い飼料をつくっています。
「実は牛の乳量によって与える餌の種類を変えているんです。出産後の牛は体力が弱っているので、発酵期間が長く栄養価がいちばん高い一番牧草を与えます。牛1頭が食べる牧草は、1日に約50〜60kg。うちは900頭ほどいますので、かなりの量ですね」 そう言いながら牧草を手に取り「この少し酸っぱいにおいは、いいにおい。発酵がうまくいっている証拠です」と若杉さんは話します。自給飼料にこだわり、土壌を科学的に分析し、土づくりから収穫、発酵までを自分たちで行うこと。毎日の徹底した管理から、牛の健康のもととなる牧草を生み出しています。
牛の声に、耳を澄ます。
北広牧場の牛舎にやってきました。ここには約550頭の牛たちが、年齢や乳量、繁殖ステージに合わせて8つの牛群に分かれ、それぞれに適したベッドサイズや牧草で管理されています。
「牛は暑さに弱いんです。去年は経験したことのないほどの猛暑だったので、扇風機やミスト装置をフル稼働させて、できる限りの暑さ対策を行いました。北海道でこれだけ大変だったのですから、本州の酪農家さんはもっと苦労したことと思いますよ」と若杉さんが話していると1頭の牛が鳴きはじめました。「鳴いたの誰かな?発情したかも」と若杉さんが鳴いている牛を探しだし、スマホに牛の番号を入力すると、若杉さんの予想どおりその牛の活動量データが急激に上昇していました。「誰?」と人と接するように牛と接している姿にも心を打たれましたが、牛の発情を耳で感じ取り、それをデータですぐに確認できる管理システムも見事でした。「うちは牛をITで個体管理しています。発情や病気の早期発見はもちろん、スタッフのコミュニケーションもスムーズになりました。とはいえ、さっきみたいに耳でサインを聞き逃さないことも大切ですね」
人ができないことを機械でサポートする。そして機械でできないことを人が請け負う。酪農家という仕事の新しいかたちが見えてくる気がしました。
機械でできることは機械で。
続いて搾乳の作業へ。両側のエリアに16頭ずつ牛たちが入り、おのおの自分のスペースまで歩いていきます。牛が定位置に来るとスタッフが乳房を触って出やすくしてから搾乳器を取り付けます。搾乳は朝4:30と午後14:30の1日2回。畜産と異なり、酪農ではこの搾乳の作業が欠かせません。
「搾乳も今年中にはロボット化する予定です。牛がドックに入ると自動的に搾乳され、終わると牛は自分で出てくるので、スタッフは直接牛の乳房を搾ることなく管理やケアに集中できるようになります。酪農のイメージはだいぶ変わりました。昔のようにすべて人がやるのではなく、ロボットやコンピューターと分業することで、生産性も安全性も高まるんですね」
「顔が見える」ということ。
ソフトクリームやヨーグルトなど自家製商品の販売も、北広牧場の特長のひとつ。商品の開発部門を担当しているのが、若杉さんの奥さまの絵里子さん。もともと乳業メーカーに勤務していた実績を活かして、北広牧場の搾りたてのミルクを使った商品開発を企画していたとか。部門を立ち上げるきっかけとなったのは、新得町で起きた水害だったそうです。地域の消防団に入っていた若杉さんは炊き出しなどを行っていたのですが、せっかく食をつくっているのに困っている地元の人たちに自分たちの商品を提供できないことにはがゆさを感じ、前から奥さまと考えていた乳製品事業をはじめたとのことです。
キッチンカーで売るというアイデアは、社員の仕事意識にも変化をもたらしたと言います。「酪農家はミルクを納めてしまうと終わりなので、その先の消費者の顔が見えないんですよね。それで自分たちで商品をつくってキッチンカーで販売してみようと思ったんです。観光客の方はもちろん、地元の人にも喜ばれているのがうれしいです。ふだん牛のケアをしているスタッフも、時々キッチンカーに乗せるようにしています。実際にお客さんがソフトクリームを食べているところを見るとモチベーション向上につながりますからね。そういう場所をつくれたのはよかったなぁと思います」
乳製品部門があることで、女性の求人が増えるなど、リクルーティングのイメージアップにもつながっているそうです。
酪農家は、総合的なシゴト。
人手不足など、酪農家にとって厳しい時代だと若杉さんは言います。「だからこそ、変わらないといけないんです。さきほどの乳製品部門もそうですが、酪農家って、牛のことだけ詳しければいいというわけではなく、牧草や土壌の科学的な分析をはじめ、コンピューターやIT技術の知識、安全基準などの法務的な知識、そして自社で製品をつくるとなればマーケティングやブランディングの知識も必要になります。すごく総合的なんですね。なので一人では到底できません。いろいろなプロフェッショナルな人の力が合わさって、はじめて前に進めているのだと思います」
専門性の掛け算から生まれる総合力。酪農を持続する事業として維持拡大するためには、ゼロからつくり上げるという熱意とともに、冷静な現状分析と未来へのビジョンが必要なのだと感じました。
続けるために、変わる。
さまざまな酪農改革。その道のりは自己反省からはじまったのだそうです。「それまではすべてが家族経営の延長で、牛のマネジメントはできても、人のマネジメントができていなかったんです。つまりルールが明文化されていないために、組織自体も多くの課題を抱えていたんですね。そこで、次期後継者となる二代目たちが集まって、会社としてしっかりした組織をつくろうということになりました。『牛も人も幸せに』という理念も、その中で生まれたものです。組織づくりの本などを読み漁って、外部の方のアドバイスをいただきながら、一般企業を意識した改革をはじめました。労働環境の改善、安全基準の制定、DX化の推進など、その改革は多岐に渡ります。現在では成長支援制度という人材育成プログラムも導入して、改革前は身内だけだったスタッフもほぼ外部の雇用で成り立つようになりました」
チャレンジは、つづく。
「いま、車で10分ほどのところに第二牧場を建設中です。広大な敷地を8つのエリアに分けて柵で囲み、約100頭の牛を放牧する予定です。搾乳のロボット化を推進しつつも、一方では放牧のような自然な育て方にチャレンジする。これも北広牧場ならではかもしれません。近年の気候変動や物価上昇など、不確定な要素がたくさんあるので、何が正解かはわかりません。でも動かないと何も変わらないし、続かないんです。だから一つひとつトライ&エラーを繰り返しながら前に進んでいる、という感じですね」 そう話す若杉さんは、自分の牧場だけでなく、十勝の酪農、もっと言えば酪農という事業そのものの可能性を見ているようでした。
しあわせのその先に。
牧場内を案内いただいた後、キッチンでFRESH CHEESE STUDIOのスタッフによるモッツァレラチーズの試食会を行いました。若杉さんご夫婦もモッツァレラづくりを初体験。やわらかく伸びるアツアツのチーズをまあるく整えて、ご自身でつくったモッツァレラをぱくっと。「想像以上にミルク感がすごいですね。やっぱりできたてはおいしいです」と満足げでした。
酪農の新しいかたちを求めてチャレンジし続ける北広牧場さんと、チーズの新しい食べ方を提案し続けるFRESH CHEESE STUDIO。両者が「しあわせ」という同じ言葉を大切にしているのは、単なる乳づくりやチーズづくりにとどまらず、つくる人、それを支える人、牛たち、自然環境、そして食べる人も含めて、社会全体のしあわせのその先を願う気持ちの表れかもしれません。人によってしあわせのかたちはさまざま。だからこそ、より多くの人に届くしあわせを、これからも追求していけたらと思います。
若杉さん、北広牧場のみなさん。
ありがとうございました。